富と金は心と精神の許容量示す

万事塞翁が馬である!

さて今年の前半も終わる
皆様いかがお過ごしでしょうか。

たった数ヵ月の間に氾濫した川のようにすさまじい量のできごとが押し寄せた。

世界には表と裏があって
そのどちらの側面も知ればすべての前提はボロ雑巾のように役たたずになる。

微笑ましいユートピアにはディストピアの顔があり
同じく醜悪なディストピアにはユートピアの顔がある。

個人としては幾つかの友情と縁を失った。
数十億におよぶ金のできごとその事の顛末である。

全くもってくだらない話だ。

人間は10億円ほどあれば体も心も魂も捨てることを躊躇しなくなる

と、ある高名な大学の研究結果で明らかにされたときいたことがあるがあれは全く正しくない。
もっと少額でも人は躊躇しなくなる。

3000万あれば8割方の人間が躊躇しないだろう。
人によってはたかだか100万ちょっと
数十万でも嬉々として魂をどぶに捨てる姿を間近で見たことがある。

ビル・ゲイツ氏はすでに94億$(約1兆円)ほどの寄付を果たし

大連万達の王健林氏は6500万$(約70億円)のはした金をどこに投げるかもてあまし

日本年金は今年に入って1400億$(約15兆円)目減りした(ただし運用額の10%である)

どのくらいの金の量で魂を捨てるかは
その人間の心と精神の許容量、器によって決まる。

心と精神が鍛えられ、その位が高い人物は眼が明けられない額の金が訪れても魂は高潔さを失うことはない。

転じて自らの心と精神の許容量を越えた金を手にしてしまえば

目まぐるしいほどの転落を目の当たりにすることとなる。

エンターテインメントとしては一級品だが笑えはしない。

有識者はこう言いました

「世界はまるで砂時計のようになる」

まず、じっーと思い浮かべてみてほしい。
砂時計の姿だ。

上と下は砂がたまって大きいが中間の腰はとてもくびれて驚くべきほどグラマラスだ。

中間は砂が落ちるための最低限のくぼみがあるだけでそこに留まることはできない。

世界はネオ超富裕層


とネオ貧困層のどちらかに完全に別れる。

中間にいた中流階級層は極小数者のみネオ超富裕層へ組み込まれ

そのほとんどは砂が流れるようにゆっくりとネオ貧困層へと落ちていく。

ネオ超富裕層はゲノム、ナノテクノロジーによって健全な身体を保ち
質の良い食、空間、経験、情報を摂取し続けることによって

ますます心と精神は高まっていく。

ネオ貧困層と超富裕層では、もしかすると我々がいま感じている

「神と人間」のような天地の差が生まれているかもしれない。

ネオ貧困層にとって、ネオ超富裕層は神に等しき存在になっていく。

これからの時代はいかに、心と精神を高め
魂を高潔に保てられるかにかかっている。

それによって人類は完全に二元化してしまうかもしれない。

我々、人間が万物の頂点に至るは
心と精神を高める術とその意味を知っているからに他ならない。

現在
素晴らしき先駆者達、現在の有識者方々の智彗によるお力沿いをいただいき

心と精神を高める方法を構築している。